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zoom RSS あの時のことが今のように….ALLWAYS 三丁目の夕日64

<<   作成日時 : 2012/02/10 00:45   >>

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東京オリンピックの開催された1964年。私は中学1年生だった。


日本各地から聖火を東京へ届けるとあって、聖火リレーに中学の代表が参加するので、中学校の裏の国道2号線の沿道へ全校生徒が沿道へ動員されたことを今尚、鮮明に覚えている。

ちょうど日本が戦後から復興、高揚の時期を迎える頃だった。
池田勇人内閣が国民所得倍増計画をぶち上げ、新幹線が通り、戦後の荒廃からオリンピックを開催できるようになった。なんとなく貧乏な時代からようやく変われるんだというムードが日本国中に満ち溢れた時代だった。

私たちはもちろんカラーで観てはいないが、翌年市川昆監督のドキュメンタリー映画「東京オリンピック」を中学校で観に行ったものだから、東京オリンピックの迫力ある場面をカラーで観たという疑似の記憶を持っている。
(その頃、1学年なんと500名!!)

一平と淳之介は1作では小学校3,4年にしか見えないが、あの頃村では小学1年生の私たちをよく面倒を見、遊んでくれたお兄ちゃん。6年後、一平はエレキに夢中になり、淳之介は東大へ向けての受験勉強。仮に高校2年生として考えると第1作では5年生。ちょっと、ギャップがあるように感じたが…

六子も町工場に就職して、まだヅーヅ方言がが直ってないが…

VFXで観るCGの人の動きは第1作から比べるとずいぶんスムーズになったようだが、

いろいろ、荒さがしをしてもしかたがないよネ。
その時代の風景を楽しんだらいいんだから。

鈴木オートの家族と六子、茶川夫婦と淳之介の2つの家族の絆が描かれているが、先の東日本大震災で浮かび上がったテーマが強くダブって観えました。

ところで、私は3Dでこの映画を観ましたが、果たして3Dの映画にするのが有用であったのか?ということ。
同時代を生きた私たち世代では、昭和30年代の町並みは、3Dでなくとも過去の記憶がよみがえり、3Dでのイメージが備わっているということ。若い世代に観てもらうために、わざわざ3Dにしたというなら、アバターと違って、技術の稚拙さが目立ち、自然な奥行き感が感じられなかった。
やはり、制作費のかけ方が違うのだろうか?

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